2016年の振り返り…ついでに今に至るまでを振り返ってみる

こんにちは、毒きのこです。
今日で2016年も最後ですね… 1年間、色々お世話になった方々、本当に有難うございました。そして来年もまた宜しくお願い致します。

今日、もともと2016年を振り返ろうと思ってはいたんですがPop先生が「プログラマーになるまでを振り返ってみた」を書かれていたので、便乗して僕も数十年遡って書いてみました。

ゲームプログラマーになるまでを振り返ってみた : Pop技術ログ
転職活動を通して自分の事を考える機会があったので、せっかくだからこれまでの事をまとめてみる。■3DCGデザイナーへの道と挫折自分は、高校生くらいの時は、なんとなくゲームプログラマーになりたいと思ってた。情報系の大学に入り、他の大学生と同じようにモラトリアム期

高校時代

高校時代の僕… 一言でいうとカスでした。
元々勉強が得意ではなかったのですが、思春期を堺に余計に周囲との差を感じ、どんどん勉強しないコになってしまいました。とうとう地元の公立高校には偏差値上どこも条件に達しず(詳細を言うと通知表は1ばかり)、地元から電車で1時間半かかる田舎のド底辺高校へ通うこととなりました。

その高校ですが、まぁビックリ。当時は漫画「カメレオン」や「湘南純愛組」といったようなヤンキー漫画も流行っていたからですかね。結構なヤンキー高でした。(偏差値30台)

休み時間に他校のヤンキーが単車に乗って乗り込んできたり、文化祭ではアメ車やVIPカーが集い喧嘩上等みたいな空気だったため、僕は3年間で一度も文化祭には行ったことありませんでした。

その頃僕は何をしていたかというと、単車に乗る勇気はなかったのでホンダのZXていうスクーターがあるんですが、それを改造しリアスポイラー・ナンバー跳ね上げて、テールランプにはイレブンビームと言ってクルクル回転するランプをつけ、246を調子こいて走っては黒塗りのシーマとかに追っかけられ地獄を見ていました。

完全なカスです。

パソコン?そんなものは当時の僕にとって興味のかけらもないただの四角い箱でした。

大学時代

大学!? そんなカスがどうやって大学に行けたのでしょう!
高校3年の最後、センター試験もシンナー吸ってるようなタダのチンピラみたいな同級生より数学の点等が低く、当然どこも行ける大学なんかもなく(むしろなぜセンター受けたし)、だからといって働くのが嫌だった僕は就職もせず浪人という形で1年だけ猶予をもらうことが出来ました。親には鬼感謝ですね。

浪人中も勉強をしてるフリはしても、実際ほとんど真面目に勉強なんかしませんでした。ただ不幸中の幸いか、僕は英語だけはホームステイ等の経験もあってか当時から結構出来ました。

丁度とある大学が入試2科目において1科目2倍で得点計算し、3科目合計として最終的にみて入学を決める、というよくわからないシステムを導入していました。当時住んでいた実家からも近い大学だったので「ここしかない!」と決め、受験してみました。

英語だけはセンター試験もほぼ満点に近い位取れてたし、入学試験もおそらく余裕だったでしょう(もう一科目の数学はたぶん30点くらい)

こうして何とか無事底辺高校だった僕は大学に行くことが出来ました。

晴れて大学生になれた僕は何をしていたかというと、ひたすらバイトに明け暮れてました。高校時代はほとんどバイトをしたことがなかったので、お金を稼ぐ、というのが楽しくてしょうがなかったです。週7でバイトを入れたりして月30万とか大学に通いながら稼いでいました。(ちなみに大学の費用は自腹だったのである程度バイトしないとダメだったというのもありーの)

パソコン?大学の頃の僕はパソコンなんてオタクが遊ぶ四角い箱としか思っていませんでした。

社会人時代

そんなバイトと遊びばっかしていた僕にも恐怖の就職シーズンがやってきます。大学3年の当時のゼミの先生に「このままじゃあどこにも就職出来ないよ」的なことを言われ超絶焦った記憶が今でもあります。

引っ越しや工場のバイトに明け暮れ、筋肉くらいしか自慢出来るものがなかった僕には全面ガラス貼りの高層ビルでおしゃれに働く、なんて夢のまた夢で、どっか地元の飲食店にでも就職しようかなとかリアルに考えていました。

そんな時、たまたま小さい頃からゲームが好きだった僕は「待てよ、ゲーム系の仕事なら結構やってみたいぞ」などとゲーム会社を目指す人にとっては失礼極まりない動機で、今のこのIT業界を目指すようになりました。

ここでようやく今の業界では必須アイテム「パソコン」が登場してきます。初めてまともに触りました。ゲームがどうやって作られてるか等々勉強して、大学でも空いた時間はプログラミングの勉強などをして時間を潰していました。(本当はデザイナーになりたかったのですが、当時僕が調べた限りだとPhotoshopやIllustratorなどのツールが使えることが前提で、自信のカケラもなかったので、プログラマーならプログラミング暗記すればいけんじゃね?と、これまた失礼な動機でプログラマーを目指したような気がします…。)

そのおかげもあってか、希望だったゲーム会社には当然入れなかったのですが(今でもそうだと思いますがゲーム会社のプログラマーだと作品提出が必須で、僕の「参考書読んでます」程度の技量じゃあお話になりませんでした)、「英語の読み書きも出来てプログラミングも書けるぜぇ」と、若干ハッタリに近いスキルを武器に何とかそこそこ大きいIT企業に就職出来ました。

その会社ではCやJavaを使ったお仕事をしていたのですが、全く身につかずさらにスーツ着用だったってのもあり、自分にはあわないと1年足らずで辞めてしまいました。その後は小さいIT企業を転々とし、ゴミプログラマーみたいなポジでお仕事をしておりました。(途中デザイナーに転身してバイトをしてみたり)

そんな日々を過ごす中、今の嫁と同棲することになったのですが、当時のお給料では色々厳しいということになり、大手でお給料もそこそこいい会社を探すようになります。そこで入社した会社が渋谷某企業です。

当時ゴミプログラマーだった自分はその会社に転職したことでお給料が2倍以上になり、一気に人生が変わりました。(この会社は色々あったのですが、自分の今の人生の大きなターニングポイントにもなったと今でも感謝はしています)

無事同棲から結婚へと昇格?もし、順風満帆な人生を送るかのように見えたのですがここで問題が…。

子供が生まれました。

子育てに忙殺されつつ仕事にも忙殺。当時僕自身大して仕事バリバリ人間でもなかったのですが、現場は長時間労働上等といった環境だったので子育てと両立しながらやってくにはあまりに過酷でした…。

そんなこんなで4年程度勤めていたのですが、これでは死んでしまうと一大決心し退職することに。そこを飛び出した後は別の会社でまた正社員として就いたんですが、そこでも土日出勤上等の超過酷現場だったので、このまま正社員を続けても何も変わらないのでは?と思うようになり、もう一度一大決心して今度はフリーランスになることに。

当然子供や家族がいて、安定収入を得られないフリーになるのは若干抵抗がありました。

かくして僕はコネも実績も何もない状態でフリーランスを名乗り、社会へ放り出されるのでした。

フリーランス&独立へ

フリーランスを名乗るようになって1年目、とにかく仕事が何も取れず(当たり前)無収入だと家族もピンチなので、いわゆるエージェントを使った常駐型派遣へ登録することとなります。この常駐型派遣ですがフリーランスの方でも使ってる人も多いかと思います。エージェントを仲介におくことで、代わりに営業し仕事を取ってきてくれるんですよね。なのでエンジニアやデザイナーとしてフリーになった人は自らが営業しなくとも、こと技術のみだけで商談をクリアし現場へ入ることが出来ます。

そんな常駐型派遣を2年ほど続けていたのですが、ここでふと「あれ?常駐して毎日出社してたらコレ、正社員とかわらなくね?」と思うようになりました。しかも正社員は長く仕事を続ければ当然昇級等ありますが、フリーでの常駐は基本は契約時の金額で継続することとなります(エージェント介して交渉、などもあるにはありますが)

せっかくフリーになったのに、好きな時間に起きて好きな場所、好きな働き方が出来ないなんてナンセンスではないか、と思うようになりここで3度目の一大決心… コネも実績もないのに自ら会社を作ることにしました。(会社員が無理ならフリーランス、フリーランスが無理なら起業、て今考えるとめちゃくちゃですね)

晴れて法人化したわけですが、人間ほんと不思議なことに追い込まれると実力以上の力を発揮出来るものなんですかね。HPや色々なところに会社情報を掲載するようになってからはチラホラとお仕事のお話も入ってくるようになり、今ではパートナーのエンジニア・デザイナーに手伝ってもらい仕事をまわすぐらいになりました。

さいごに

高校時代から遡って見ても、よくこんなパソコン触ったのも遅かった自分がパソコンを使った仕事で独立し、食べていけるようになったなぁと思います。

2016年を振り返り、そしてこれまでを遡って色々思ったのは人間

「覚悟が全てを決める」

ということ。

例えばこれを読んでる方の中にも「今はこういう仕事をしていて本当はこんな働き方がしてみたい。でも家族もあるしリスクがあるから動けない」といった方は多いのではないでしょうか?

でも僕が思うに、人生は一度きりでそんなことを考えているうちに人生なんてあっという間に過ぎ去ってしまいます。

これを言うと「こっちは守るものも多くリスクも負いづらいんだ」と言われますが、ちなみに僕は子供が生まれた年に家を買い、その年にコネも実績もないまま正社員を辞めました。貯金も全くありませんでした。つまり仕事がなかったら一家離散の餓死状態です。

でもこと超絶安全超平和な日本において、職業を選ばなければいくらでも仕事は出来るし、いざとなったら睡眠2、3時間にしてでもバイト掛け持ちすれば生きていけるだろうという思いもありました。

あとは自分の中で「多分それぐらい自分をピンチに追い込めば、必死になってどんなことも出来るようになるんじゃないか」という根拠のない自信も同時にありました。結果、人生で一度もやったことがなかった営業活動も行うようになり、今ではほとんど苦じゃなくなりました。むしろ楽しいくらいに。そしてお仕事も正社員時代はいわゆるフロント側(当時はFlashを使ったお仕事)だったのですが、片っ端に仕事を請けたことで今ではサーバー・インフラ・フロントとある程度オールラウンドに請けられるようになりました。

これも覚悟が導いた結果ではないでしょうかね。

余談ではありますが、大好きな漫画「ハンターハンター」で制約と誓約というのがあります。自らの念能力に対し制約と誓約を課すことによってその威力と精度を著しく向上させることが出来る、というものなんですが、仕事においても同じなのかなぁと。漫画と同一視するのもどうかとは思いますが、ただ仕事も人生もどれだけ覚悟し、やっていくか。それだけだと思います。

それなりの覚悟にはそれなりの結果が返ってくるんだと。覚悟をせずに現状維持をすればそれだけの結果が同じく返ってくる。

2017年、来年もより一層の覚悟を持って物事に励んでいけば、きっとまた素敵なことが起こるんじゃないかと信じ…。

今年最後のブログが日記みたいな形で終わりましたが…

最後まで読んでいただき有難うございました。
また来年もよろしくお願い致します。

良いお年を〜

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コメント

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